海外での子育てfor real。

海外生活で起こる(かもしれない)ことや海外での子育ての(非)日常をサクッと読める記事にしてます

子供の誕生日は特別な日

こんにちは。だいみにです。

ドイツで暮らし始めて3年目になります。

私には今年16歳と10歳になる息子がいます。

今日は子供の誕生日について書きたいと思います。

 

私は結婚して7年目にやっと長男を授かりました。長い不妊治療の末、何度か試みた顕微授精でやっと妊娠しました。その時のうれしさといったら天と地がひっくり返るほど、勝手にうれし涙があふれ出してしまうほど特別なものでした。

次男も同じで顕微授精で妊娠しました。子供を持てないかもと悲観に暮れながら不妊治療をしていた私が、2人の子供のお母さんになれたことは自分では奇跡だと思います。

子供には生まれてきてくれたことに感謝しかありません。子育てできることがありがたいと思いながら過ごしてきました。(実際は毎日そんな穏やかではありませんが...)

親の私にとって子供の誕生日がこんなにも大切なんだから、主役である子供にはもっとワクワクする日であってほしいと思っています。 1年に1回しかない何よりも何よりも大切な日なんですから。

私は小学生の時、誕生日の日にとても悲しい経験をしました。そろばん塾の先生に、うれしさのあまり言ってしまいました。

私「きょうは、わたしの誕生日!!!」

先生「誕生日はみんなあるんやで。」

ショックでした.....。

当たり前のことなのですが、子供心に心底傷つきました。
40年以上たった今でも忘れられません。

長い年月が過ぎて、そろばん塾の先生に誕生日をだいなしにされた私は、2人の子供の親となり、保育士となりました。
子供たちには、自分の誕生日の特別感を満喫してほしいと思っています。

自分の子供には、生まれてきてくれたときどんなにうれしかったか、もう何回語ったかわかりません。(子供たちは特に興味はありませんが...)
オーストラリアやカナダにいたときは、友達をたくさん招いて誕生日パーティーをしたこともありました。ここドイツでも誕生日パーティーは盛んですが、コロナ禍の今では子供たちはプレゼントと食べたいものをリクエストします。

園の子供たちとは何度も誕生日を話題にしていっしょにうれしさを共感します。誕生日に「おめでとう」と言うと子供から笑顔が溢れます。そしてまわりのみんなも幸せオーラに包まれます。そろばん塾の先生が言われたように誕生日はみんなにあります。だから園ではひとり残らずみんなが主役になれる日でもあります。

 

子供の誕生日を盛り上げるのは大人の役目だと思います。子供の心に刻まれた誕生日の思い出は、子供の人生に反映されるんです。生まれてきてよかったなと...

やっぱり子供の誕生日は特別な日なんです!

 

 

英語を勉強する本当の意味とは

こんにちは。だいみにです。

ドイツで暮らし始めて3年目になります。

長い間英語を勉強してきて、やっとわかったことがあります。

今回は私の英語勉強の軌跡について書きます。
 

私はオーストラリア、カナダでも長期滞在をしていました。
「英語圏の外国にいたんだから英語できるんでしょ!?」と思われる方もいるでしょう。
いえいえ、そんなことはありません。
実際、今の私の英語力は自分に関係のある日常会話はできるが、それ以外は難しいというところです。


私が初めて真面目に英語を勉強し始めたのは28歳の夏でした。結婚を機に、それまでおじさんのように働いていた営業職を辞め、関西から関東に引っ越しました。やっと自分の時間ができたので、聴くだけで英語が話せるようになるCDとやらを聴いてみることにしました。が、聴けども聴けどもちんぷんかんぷんのまま。騙されたというか、そんなうまい話ないわなと冷静になり、英語を真剣にやってみようという気持ちになりました。

生まれも育ちもド田舎なので、外国人に遭遇する機会もないまま大人になり、英語というものは学校の教科の1つだとずっと思っていました。23歳でオーストラリアに旅行したとき、トイレで英語で話しかけられ、恐怖のあまり走って逃げた経験があります。

そんな私が何を血迷ったか28歳でスパルタ英語学校に行くことを決心。2年ほどの勉強でなんとなくわかった気になり、その後3ヶ月単身ニュージーランドに語学留学をしました。しかしホームステイ先でも学校でも何も話せず撃沈。

ニュージーランドから帰国して8年後、主人の海外赴任でオーストラリアへ。現地の語学学校に行き、その語学学校の図書室で仕事をさせてもらいました。2年滞在したにもかかわらず、あいかわらず話すと緊張してしまい、あまり進歩を感じませんでした。

オーストラリアから帰国して5年後、今度は2人の子供とカナダに留学しました。幼児教育に興味があったのでcommunity collegeに通い保育補助の免許を取りました。若いカナダ人の女の子とペアワークをしたり、エッセイを書いたり、最後には保育園での教育実習もありました。カナダには2年半滞在しましたが、英語を話すことにはまだ苦手意識があり自信がありませんでした。

カナダから帰国して1年後、主人の海外赴任でドイツへ。英語ネイティブでないドイツ人の話す英語はわかりやすく、私には好都合でした。お互いネイティブでないがゆえ多少ブロークンでも伝わればいいかなってな感じで、やっと言いたいことが言えるようになった気がします。

そして、ここにきてやっと英語は意思疎通のためのツールなんだ!ということに気づきました。 
文法やコロケーションなんかにこだわっていると、いつまでもたっても自分の言いたいことが言えません。英語は外国語なんだからと割り切って、完璧を求めず、伝えることに集中すべきだと感じました。

ドイツも日本と同じで義務教育で英語を習います。
ドイツ人は学校で勉強しただけで英語が使えるのです。というか完璧でないにしても英語で意思を伝えられるのです。
では日本人はどうでしょう。

間違っていても恥ずかしくもなんともないんです。そもそも、誰も私たちが完璧な英語を話すなんてことを期待してないんですから。

それがわかるまで本当に長い道のりでした...

私は典型的な日本人です。

 

3か国語が入り交じるカオスな診察室

こんにちは。だいみにです。

ドイツで暮らし始めて3年目になります。

ドイツの小学校に通う10歳の次男を耳鼻科に連れて行くと、診察室でややこしいことが起こります。

今日は病院について書きます。
 

私たちが診察室に入ると、先生がまず「何語で話しますか?」と聞いてくれます。
たぶん私たちがどう見てもドイツ語を話しそうでないからだと思います。
ドイツの病院の先生はほとんど英語も話してくれます。

そこで、私は「私には英語で、息子にはドイツ語でお願いします。」と言います。
先生と私は英語、先生と息子はドイツ語、私と息子は日本語で話します。
(すでにややこしいですがついてきてください。お願いします。この後もっとややこしいんです。)

症状を聞かれると、私が息子に日本語で確認しながら先生に英語で伝えます。そこで先生が息子にドイツ語で質問します。そして先生が私に英語で状況を説明したり、息子にドイツ語で注意なんかをしているうちに、先生は私にドイツ語、息子に英語になったりします。そこで息子が日本語で「なんて?」と聞いてきて私が息子に日本語で...
ってな感じなんです。

ほんとコントみたいなんです。

定期的に来るように言われているので、まだしばらくこのカオスが続きそうです...

【子供を医者にした】日本にいると気付かない不自然な日本語①

こんにちは。だいみにです。ドイツに住んで3年目になります。

オーストラリア、カナダでも長期滞在をしました。

外国にいると、日本では気にならなかった日本語が妙に気になり始めました。

今日は日本語について書きます。

 

日本では普通によく使われているのに、外国にいるせいか私にはなんとなく耳障りな言い回しがあります。

『(自分の)子供を医者にした』

『(自分の)子供を有名大学に入れた』

どちらも主語は親です。

『(自分の)髪をショートにした』のように『自分のものをどうにかする』という意味では、子供は親のものなのでしょうか。

『子供を幼稚園に入れた』のように、子供が小さいうちはこの言い回しはありだと思います。なぜなら子供は自分で自分の生活パターンを決められませんし、親と子はまだセットで、ある意味子供は親の一部であるしかないからです。

しかし子供が成長し意思を持った個人になってからは、『親が子供をどうにかする』という言い方は利にかなっていないと思います。 

医者になるのも有名大学に行くのも、いくら立場は親の子供であっても、実際はもう大の大人。
いつまで親と一心同体なんでしょうか。

やっぱり主語は子供の方がシックリくると思います。

『子供が医者になった』

『子供が有名大学に入った』

医者になったのも有名大学に入ったのも、子供が一生懸命勉強した結果なわけですから...

少し前からよく話題に上る毒親。子供をないがしろにするという観点からすると『子供を医者にした』『子供を有名大学に入れた』というのは毒親的発想のような気がします。毒親ではないにしても、子供を自分の栄光を示す道具にしているようで嫌な感じです。

そもそも子供は医者になりたかったのか?

有名大学に入りたかったのか?


子供の人生の主語は子供にあるんじゃないのかな...

 

f:id:daimini:20201123005025p:plain

 

【現地校での親の苦悩編】海外旅行では味わえない生ドイツ④

こんにちは。だいみにです。

ドイツに暮らして3年目になります。

なんやかんやありましたが、次男は今、現地小学校4年生の生活を謳歌しています。

↓なんやかんやはこちら

daimini.hatenablog.com

今回は、次男が現地小学校に通うことになったことで、親の私がちょっとハードルが高いな...と感じたことを書きたいと思います。

まず一つめは新学年の準備物を揃えることです。
新学年前には準備品リストを持ってお店に行きます。

f:id:daimini:20201121221135j:image

↑これは3年生のときのリスト。3回目だというのにまだわからないものだらけ。

お店では、名前と物が一致せず(一応意味は調べていても種類が半端ないものがある)時間と体力だけが奪われ、もうだんだんどれでもええんちゃうんかという気持ちになってきます。
各教科ごとにノートとそれにつけるUmschlag(カバー)の色が決まっています。そもそも私にはノートにカバーをつける習慣がなかったので、まずそこから面喰いました。
今ではリストをお店の人に渡し、かごを持ってうしろからついて行くという人頼みになってしまいました。お店の人はリストにチェックマークをつけながら、すべてかごに入れてくれるんです。ほんとありがたいです!

二つ目は保護者懇談会です。
新学年が始まるとクラスの先生と保護者が集まって、学校のきまりや授業の進め方などの話があります。日本の学年最初の参観日後に行われるあれと同じです。でもここではなぜか夜8時からなんです。その名もElternabend(親夜)。
一応行かないといけないので行くのですが、ドイツ語がほぼ無な私は話半分の半分の半分くらいしかわかりません。何しに行ってるんやろうと毎年思います。親切な人や顔見知りのお母さんなんかに尋ねれば英語で教えてくれることもあるのですが、もうそれすら面倒になってきました。私にとってのElternabend(親夜)はただ黙って耐えるときと化しています。といってもみんなが笑っているときにはちゃんと笑いますよ!(←意味わかってませんが...)
日常で困ったことがあれば連絡帳に書いたり、担任の先生にメールができます。といっても今までほとんど困ったことはないんですが...。

三つ目は学校からのお便りです。
当たり前ですが、学校からのお便りはドイツ語です。私は毎回カメラグーグル翻訳して読んでいます。ドイツ語と日本語は相性が悪いので、全く意味を成さない訳になるときがあります。だから1回目は日本語で2回目は英語で翻訳します。お便りのプリントを解読するだけでも時間がかかります。
次男がお便りを持って帰ってくるとちょっと身構えます。

ここまでは、私のドイツ語の勉強が不十分なために起こる面倒だと思います。自業自得です...。

四つ目は予防接種の記録の提出です。 学校から予防接種の記録の証明を求められるときがあります。母子手帳には記録してあるのですが、日本の記録は年号なんです。これを西暦に変更する煩わしさ! 記録のすべてを書き変えていると発狂しそうになります。

これは私の努力や根性ではどうすることもできません。

どうか日本のおエライさん。
なんとかしてください!

【現地校生活編】海外旅行では味わえない生ドイツ③

こんにちは。だいみにです。

ドイツで暮らし始めて3年目になりました。

次男の現地校の選択は大正解だったと思います。↓こちら

daimini.hatenablog.com

生徒が300人以上いる学校で日本人は次男一人だけです。ですが4年生になった今では友達にも恵まれ、外国にいることを感じないほど普通に小学校生活を送っています。家にいても窓から友達が遊んでいるのが見えると「あそんでくるわー」っと言って出ていきます。

今では平穏な(でもないですが以前に比べると...)日々を過ごせるようになりましたが、ここまでくるまで親子共々いろいろありました。

学年を落としてドイツの小学校を1年生から始めた次男は、数ヵ月後、急に2年生になりました。ドイツ語の知識はほとんど無でしたが、カナダにいたのでアルファベットが書けたのと、1年生の算数が(当然ながら)よくできたからです。

ドイツでは2年生で万年筆で筆記体を習います。数ヵ月出遅れた分大変そうでしたが、なんとかこなしていました。飛び級(?)したことでぼくってやるやん!と思ったようでそれがいいかんじでモチベーションになったのかなと思います。

ドイツの公立小学校は先生のフォローもきっちりしていて(とくに低学年には)とてもよい教育環境だと思います。クラスには数人、次男のように外国(アフガニスタン、ベネズエラ、ロシア...)から来ている子供がいます。ドイツ語が定着するまで取り出し授業もしてくれます。

ドイツの多くの学校は、授業が午前中だけなんです。(学校やクラスにもよります。)
午後は学童があります。学童で宿題をさせてくれるので、これまたありがたいです。私が役不足なので...。

コロナ禍で家勉になったしまったときは、問題の意味がわからずグーグル翻訳片手に泣きました。私も基礎のドイツ語は習いに行ったのですが、次男のほうがレベルが高くなってしまって私にわかることは何もありません。問題の意図もわからんってかんじです。(もちろん意味はすでに調べてるんですよ。)一番手ごわかったのは、ドイツ語の詩でした。だいたい意味もわからんのに韻をふんでる回数やパターンなんか知らんわー!ってかんじでした。そもそも日本語の詩のことすら聞かれたら困るくらいのレベルなのに....
息子よ!もうお母さんのことは気にせず先に行ってくれ!

自分でグーグル翻訳を使えるようになって私の出番は一切なくなりました。

そうこうしているうちに、次男はもう4年生になっていました。
ドイツでは5年生から成績順にギムナジウム、レアルシューレ、ホッホシューレの3つの学校に分けられます。人生の別れ道です。だから4年生はみんな一生懸命勉強する(または親にさせられる)んです。

先生との面談が恐怖です。

 

 ↓ 次男の学校の宿題です。オランダについて調べてポスターにしました。
f:id:daimini:20201121034824j:image

 

 

今度はドイツ語がわからない親の苦悩です...

daimini.hatenablog.com

【現地校入学編】海外旅行では味わえない生ドイツ②

こんにちは。だいみにです。

ドイツから発信しています。

主人の駐在に伴って家族でドイツに来て3年目になります。

到着してからの数週間は、ドイツはまるで宇宙のようでした。

ドイツ語がわからないせいで、当時7歳の次男のサッカークラブの登録でさえ大汗の大仕事でした。↓大汗の状況はこちら

daimini.hatenablog.com

もしかしてドイツに住むにはドイツ語が必要なのかも...
あたりまえのことにやっと気づいたのでした。

そしてさらなる不安が。
次男がドイツ語がわからないままだと近所で友達ができないかも。ましてやサッカーチームでなんかやっていけるのか!?

私の子育て持論は、小学校低学年までは子供は友達と絡んでなんぼ!なんです。遊びや集団スポーツのなかで、子供は机上の勉強では学べない心の勉強をするんです。

ならばドイツの学校に行かないと...
しかし出発前の調査だとドイツ語ができないとドイツの小学校には入れない。(←グーグル先生による)

もう当たって砕けろで、校区の小学校をHPで調べ校長先生にメールをしました。英語文と念のためグーグル翻訳したドイツ語文も貼り付けました。すると校長先生から一度話をしに来るようにとの返信がありました。
お会いすると校長先生に『日本人学校があるのになぜドイツの学校に入りたいのか』と訊かれました。当然の疑問だと思いました。私は熱く自分の持論をお話し、ドイツの小学校で学ばせてほしいとお願いしました。

校長先生のご配慮により入学を許可していただき、2枚の書類をその場で書き、拍子抜けするほど簡単に次男はドイツの小学校に通えることになりました。まさかドイツの小学校入学が少しの勇気と強い押しで叶うだなんてびっくりでした。次男は日本人学校では2年生でしたが、全くドイツ語が話せないため1年生から始めることになりました。

次男にとって3度目の1年生でした。カナダの学校と日本の学校の両方ですでに1年生を経験していたんです。(カナダの小学校は日本より1年はやく始まるため)

本人もドイツの学校に転校することに前向きだったとはいえ、
何回1年生せなあかんねんってなかんじでした。

それでも転校を決めたのは、カナダの学校の自由なイメージがドイツの学校にも当てはまると思ったのでしょう。チームでサッカーをするにもドイツ語が不可欠だと気づいていたようです。

新学年が始まる9月に、1学期だけ通った日本人学校から近所のドイツの小学校に転校しました。1年生からだったので、ドイツの伝統的なSchultüte(文房具やおやつを入れる大きな円錐の入れもの)を入学式の日に持っていく準備もしました。どんなのがいいのかわからず、お店で一番たくさんあるものにしました。

馴染みのない伝統に翻弄されながら、必死すぎてそれを楽しめる心の余裕がまだその時にはありませんでした。

  

f:id:daimini:20201120065413j:plain

↑ Schultüteはこんなかんじでランドセルと一緒に売っています。
 

f:id:daimini:20201120065315j:plain

↑ 新1年生はSchultüteを持って映画館に行くといいことがあるらしいです。

 

 

ドイツの学校に入ってからも、まだまだ苦難は続きます...

daimini.hatenablog.com