ドイツ暮らし保育士お母さんの気づき

ドイツで暮らしている2人の男の子のお母さん&保育士です。海外生活で起こる(かもしれない)ことや親子の会話をサクッと読める記事にしています。育児や保育に関すること、趣味の日本語研究と人間観察なども...

私の人生をネガティブに変えたひとりの女性

こんにちは。だいみにです。

ドイツで暮らしている10歳と16歳の男の子のお母さんです。

今回は私の人生をネガティブに変えたひとりの女性について書きたいと思います。

 

今までの人生の中で、ひとりだけどうしても理解に苦しむ女性がいました。
子供たちとカナダに留学していたとき、彼女の娘さんが次男の保育園に途中入園してきました。彼女も娘さんと二人で留学していました。日本人が私たちだけという狭い環境の中で、仲良くせざるをえませんでした。
その人と関わっていたときは、ただただ彼女の自分本位な不愉快な発言や行動に嫌悪感を抱きながらも我慢していました。

 彼女は幸い先に日本に帰国したので連絡を断つことで解放されました。そして数年後フェイスブックで友達申請されましたが拒否しました。もう二度と関わりたくありません。

今思うと彼女は自己愛性パーソナリティ障害だったような気がします。
自分がいかに特別で優れているかということをずっと話していました。自分だけでなく身内や友達の自慢までしていました。聞いてもないのに旦那さんの大学名や自分がかつて勤務したことがある有名企業について誇らしげに語っていました。
日常的に車を出したり、引っ越しの手伝いをしたり、家に泊めたり...さんざんお世話したあげく、極めつけに日付の切れた開封済みのハムや食品、帰国のため不必要になった小銭を「子供たちに」と言ってくれました。

私は彼女に利用され心底疲れ果ててしまいました。言葉巧みに困っていると相談を持ちかけ、助けてもらえるのが当然だと思っているようでした。まるで私は彼女を助けるために無給で雇われた馬鹿ないい人のようでした。環境が環境だけに無視できませんでした。

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彼女が私のその後の人生を変えてしまいました。
人に親切にしたり、人と深く関わったりすることができなくなりました。引っ越しして新しい環境になっても、もしかしてまた彼女のような人と出会ったらと思ってしまい、人づきあいが恐くなりました。

今では新しく知り合った人とは浅くつきあうこと、個人的ではなくグループでつきあうことを念頭にしています。へんだなと思ったらすぐに逃げられる準備をしています。
新しい人と出会うたびに疑心暗鬼になるのはよくないかもしれませんが、過去のトラウマがよみがえる気がして身震いしてしまいます。

幸い今暮らしているドイツではいい方々に恵まれ本当にありがたいです。
もう今後の人生であんなつらい目にあいたくありません。

 

ドイツの小学校の裁縫の授業って?

こんにちは。だいみにです。

ドイツで暮らしている10歳と16歳の男の子のお母さんです。

ドイツの小学校の裁縫の授業で、次男がぬいぐるみを作ってきました。

話を聞いていると、日本とは学び方が全然違うのでとてもびっくりしました。


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ドイツには日本の小学生が学校で使っているような裁縫道具セットなんてもちろんありません。先生が大量の針(布団針のような先が丸い大きな針)と糸と布と綿を教室に持って来てくれます。もちろん家庭科室なんてありません。裁縫は工作の一部のようです。

運針などの練習もありません。ぶっつけ本番でいきなり人形を作り始めます。先生が説明したことはたった1つ。縫い始めと終わりは結ぶということだけ。玉結びなんて習いません。できない人は先生やできる友達に頼んだり教えてもらったりしてなんとか頑張ります。次男の作品はところどころほつれています。

それでもみんな試行錯誤を繰り返しながら、かわいいぬいぐるみが作れています。型紙もなく自分で好きなように布を切って、好きなように縫うという至ってシンプルな作業ですが自分で考える部分がたくさんあって私は素敵な授業だなと思います。

運針練習でまっすぐ縫うことに試練を感じる前に、上手下手はともかく自分のデザインしたものが作品として出来上がる喜びを味うことができます。次男は自分で作った人形に愛着を感じ名前をつけています。そして「今度はもっと上手に作りたいから家にある裁縫道具を出してほしい」と言われました。

楽しいからやりたい!
これが一番何かを習得するために必要なことのような気がします。
すべて教えてもらうのではなく、自分で考え試行錯誤してやっとわかったり、できたりしたときはじめて楽しみが生まれてくるように思います。

「とりあえずやってみる」って結構大事なことですね。

 

ロックダウンが子供にもたらした予想外の悲劇2

こんにちは。だいみにです。

ドイツで暮らしている10歳と16歳の男の子のお母さんです。

ロックダウンによる2か月に及ぶ学校閉鎖が開けました。

やっと学校が始まっていつもの生活に戻れる!と思いきや、なんと長男が以前と全く違う体形に。

ぐーたら生活がたたり制服が入らなくなっていました。

1週間の付け焼刃ダイエットで何とかすべてのボタンはしまったのですが、ワイシャツには首絞められ、スラックスのおしりと太ももはタイツのようにぱつんぱつん。

いつはち切れるかという恐怖と共に、とりあえずそのまま学校へ行きました。

 

そのときの様子はこちら。

daimini.hatenablog.com

 

私の心配をよそに長男は意外と元気に帰ってきました。
久しぶりの学校であったことをペラペラしゃべって、ぎゅうぎゅうのはずの制服をなかなか脱ごうとしません。見てる方が苦しいので「はよ脱いだら?」と言うと、「弁当食べんかったから大丈夫」と長男。どこかがはちきれることが心配で食べられなかった様子。

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長男が持参した食べ物は、弁当、モーニングティーのドーナツ、チップス小袋。いままでだと「足らんかった」と言って帰ってくるところが、今日はなんとドーナツだけしか食べなかったと。

 

ところがジャージになったとたん「あーおなかすいた。ラーメン食べたい!」
長男は付け焼刃ダイエットのため、1週間前から食べたかったラーメンを我慢していました。見た目はともかく制服がなんとか入ったので、「もうラーメン食べてもええんちゃうか」と思ったようです。まあそれはいいのですが...

彼が食べたものを紹介しましょう。(自分でさっさと準備していました)

豚大根とゆで卵入りラーメン、締めでスープにご飯2杯。

デザートにシリアルどんぶり1杯。

 

そして「宿題するわ」と言って部屋に行ったはずなのに、なんとなんと寝てました...

「このままやと絶対あかん!明日も同じ制服を着なあかんこと忘れたんか⁉」

何回言っても反応なし。ごめんやけど諦めさせていただきました。

 

予定通りだと明日新しい制服が届くことになっています。
せめてそれまで、ボタンよ、そのままでいてくれー。
もうかなりあやしいけれど、ズボンよ、はちきれないでくれー。

こんなしょうもない心配をする人が世の中には何人いるんだろう。

 

ロックダウンが子供にもたらした予想外の悲劇1

こんにちは。だいみにです。

ドイツで暮らしている10歳と16歳の男の子のお母さんです。

ドイツはまだロックダウンなのですが、今日から一部の学校が始まりました。

次男の現地小学校では、クラスが2グループに分かれ隔日で通学します。

長男のインターナショナルスクールは学年によって教室授業とオンライン授業に分かれています。

今日から通学することになった長男。

彼は12月からの約2か月間、冬休み+オンライン授業で徹底的にズボラな生活をしていました。

 

その様子はこちら。

daimini.hatenablog.com

 

ドイツ政府の発表とともに、今週から学校が始まるとわかったのが先々週の金曜日。そして学校再開を現実としてとらえたその翌日土曜日。そしてそして太り過ぎて制服が入らなくなっていることに気づいたその翌々日日曜日。

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先週日曜日に急いで制服をオンライン発注するも、イギリス系の学校がゆえ制服もイギリスから発送されるためすぐには届きません。

長男本人も危機感から制服が間に合わないことを前提に、1週間一生懸命ダイエットに励んでいましたが、人間1週間で痩せられるなら誰も苦労しません。

 

とうとう新しい制服をGETできずに、登校日を迎えてしまいました。

かつて、たかが2か月前自分が着ていた制服を着るのにこんなに苦労するとは...
特に大変なのは、ワイシャツの首のボタンをはめることとズボンのチャックを閉めること。そしておしりと太ももがぱつんぱつんなため座ることも危険な行為とみなされそうです。

どんな状況になろうと、学校には行かねばならぬ!

「破れたらすぐ帰ってくるからな!」と捨て台詞を吐いて長男は出て行きました。

「破れてからではおそいんちゃう!?」と思ったのですが時すでに遅し...
念のため「体操ズボン持って行けば」って言えばよかったと後悔しています。

 

もうすぐ15時になりそうですが長男はどうしているのでしょうか。学校のパソコンの長男のメールアドレスに「大丈夫?」と送っても音沙汰がありません。

久しぶりの学校なうえ、めっちゃ窮屈な制服を着て我慢し、いつ破れるかわからない恐怖を感じながら授業を受けている長男は、はたして大丈夫でしょうか…
自業自得とはいえ心配です。

 

 

 その後はこちら。

daimini.hatenablog.com

「児童書のカバーは不必要なんじゃね?」と思うのは私だけ?

こんにちは。だいみにです。

ドイツで暮らしている10歳と16歳の男の子の保育士お母さんです。

日本の本にはきれいなカバーがついているものが多いですよね。

本屋さんで本を買うとさらにその上にカバーをつけてくれるときもあります。

 

 

日本にいるときは特に何も思っていなかったのですが、外国に行ってから日本が特別なことに気がつきました。ニュージーランド、オーストラリア、カナダ、ドイツでは、特別な本以外はもともとカバーがついているものはありません。本屋さんでカバーをつけてくれるといったサービスもありません。

日本の本のカバーとさらにその上につけてもらえるカバーは過剰包装のように思うのですが、大人の本に関しては大人の事情があるので「ありなのかな」と思います。本を汚したくない人や、電車で読んでいる本を周りの人に知られたくない人もいるでしょう。自分が読みにくくなければそれでいいように思います。

私が疑問に思うのは、児童書についているきれいなカバーです。はっきりいって子供がカバーがかかった本を、カバーが取れないように読むのは難しいことです。我が家にある児童書は、もうすべてカバーはありません。子供が読んでいるうちに外れ、そのままゴミ箱に直行しています。カバーを取っても、本自体にカバーと同じ絵柄が印刷されているものもあります。そういう児童書を見るとますます「カバーは不必要なんじゃね?」と思ってなりません。

しかも日本の図書館にある児童書は、カバーが取れないようにテープでがっちり貼りつけてあります。カバーが図書館の方のお仕事を増やしているように感じます。保育園の幼児さんの本棚もまずカバーが破れるので補修しないといけません。

 

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児童書は子供が何度も繰り返して読むためのものです。本棚の飾りではありません。間違いなく取れてしまう悲しいカバーの行く末を思うと、きれいなカバーを作ってくださっている方に申し訳なく思います。繰り返して使う学校の教科書にはカバーがないのに児童書にカバーがあるのは、もしかして「芸術=汚してはいけないもの」という考えからなのかもしれません。
 

30年以上前、高校1年生の最初の英語の授業で、学校指定の英和辞典のカバー(ケース)について先生がおもしろいことを言われていました。 

「この辞書のケースはもういりません。石膏で固めて花瓶にでもしてください。」

当時私はこの発言にかなり衝撃を受けたのでしょう。今でも先生の顔や話し方を鮮明に記憶しています。
辞書がケースに入っていると、辞書を引くのが面倒に感じます。しかもきれいに使わないといけない気がします。辞書は使ってなんぼのものなので英語の先生の話は的をついています。花瓶にしなくてもいいと思いますが...

 

ちなみにドイツの学校生活ではカバーが不可欠なものとなっています。本にかけるのではなくノートにかけるのです。教科ごとにカバーの色が決められていて生徒も先生も何のノートかすぐわかるようになっています。私には、これこそカバーがカバーの役割をまっとうしている真の姿であるように思えます。

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by保育士 園での様子を知りたくて子供に質問攻めしていませんか?

こんにちは。だいみにです。

ドイツで暮らしている10歳と16歳の男の子の保育士お母さんです。

保育士をしていると親御さんから相談されることがあります。

園での様子を知りたいのですが、子供に聞いても「いつも通り」だと言って教えてくれません。

 

子供が園でどんなふうに過ごしているか親としては気になりますよね。
だからと言ってこんなふうに子供に質問攻めしていませんか?

「今日は何して遊んだの?」
「誰と一緒に遊んだの?」
「お部屋で先生とどんなことしたの?」

お子さんの答えはおそらく一言「いつも通り」ではないですか?

 

子供は毎日同じ質問をされているので、もう考えることもせず「いつも通り」と答えているのです。「いってらっしゃい」「いってきます」みたいな感じです。
本当は「いつも通り」ではない日でも、いつものように「いつも通り」と答えていることもあるのです。質問をしても親御さんが本当に知りたいことは全く子供からは聞けないわけです。

 

では子供にもっと話してもらうにはどうしたらいいのでしょう。
実はそれはとても簡単なことなのです。
意外に思うかもしれませんが、質問しなければいいのです。
何も聞かなければ、子供は自分の話したいことを、自分のタイミングで話してくれるようになります。子供が自分から「おかあさん(おとうさん)あのね、きょう○○くんがね...」と話し始めたら、話を全部聞き終わってからもっと知りたいことを質問すればいいのです。

 

いつもたくさん質問をしていた親御さんにとって、質問を我慢するのはしばらく苦痛かもしれません。しかし子供が園のことを何も話さない=「いつも通り」なわけです。
おうちがリラックスできる環境であれば子供は安心して自分からいろいろなことを話します。そしておとうさん、おかあさんに聞いてもらって、うれしかった気持ちやいやだった気持ちをわかってほしい、悲しかった気持ちを癒したいと思っているのです。

 

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子供が園から帰ってきたら、にこにこ笑顔で出迎えてあげるだけで十分です。
そのうち「おかあさん(おとうさん)あのね」と話し始めるので、ゆっくり話を聞いてあげてください。

 

by保育士 「遊び食べ」をやめさせたい親が無意識にやってしまっていること

こんにちは。だいみにです。

ドイツで暮らしている10歳と16歳の男の子の保育士お母さんです。

保育士をしていると親御さんからいろいろ相談されることがあります。

今日は遊び食べについて書いてみたいと思います。

 

 

一言で「遊び食べ」というと、なんだかよくないことのようなイメージがありますが、1歳前後の子供の遊び食べはむしろ大歓迎です。

乳児から幼児に成長する過程で、手で食べ物の感触や硬さなどを確認しそれを自分で口に持っていく行為は、未知の食べ物を知るためのとても大切な通過点です。とは言え、ほおっておくと食べ物を落としたり投げたりすることもあるので、食事後は間違いなく大変なことになっています。その証拠に保育園での1歳児さんの食事後のお掃除は、何よりも何よりも大仕事でした...

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お家では予め新聞紙などを子供椅子の下に敷いて、万全の体制で食事時間を迎えるといいと思います。

 

 

一方2、3歳の子供の遊び食べは、前述した1歳前後の子供の「遊び食べ」とは違う意味合いがあります。

特別なことがない限り、2、3歳になるとスプーンやフォークを使って食べたり、コップでこぼさずに飲み物を飲むことができるようになります。そのために食べたり飲んだりするときは座るという習慣をつけることが大切です。お風呂に入る前に服を脱ぐのと同じように食事の前には座るのです。

子供に座って食べられるようになってほしいと思っているにもかかわらず、立っている子供の口に食べ物を入れてあげたり、飲み物を飲ませてあげたりしている親御さんが少なからずいらっしゃいます。「小食ですぐ立ち上がってしまうので栄養が足りているか心配だ」という理由が多いようです。

しかし自分で食べられる年齢になっても、親が子供の口に食べ物を入れてあげる行為は子供の成長を妨げていることにほかなりません。食事の時間でなくても自動的に食べ物を与えられる子供は、食事の時間という概念がないため座って食べる習慣がつかないのです。

保育園の2、3歳の子供たちは、特別な場合を除き先生に食べさせてもらう子はいません。上手でも下手でも自分でスプーンとフォークを使って食べます。もちろん食事中立ち歩く子もいません。保育園では食事マナーについて特に指導することはありません。ですが子供はお腹がすいているため座って食べられるのです。逆に言うと座らないと食べられないのです。

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親にとって子供はいつまでたっても小さくて援助が必要な存在であるような気がします。しかし子供は成長し、親の想像以上に短期間にできることがどんどん増えてきます。できるようになったことはどんどんほめて子供を喜ばせてあげることが更なる成長につながります。